「正しさ」を選んでいるつもりで、私たちは「不安」を選んでいる

Ideas for life

ちゃんと生きているのに、どこか実感がない理由

「自分の人生を生きているな」と思えたこと、最近ありますか?

毎日ちゃんと働いて、
人に気を遣って、
責任も果たしている。

そこそこ真面目に生きているのに、
“生きている実感”をあまり感じられない…。
どうしてでしょうか。

仕事では、
雰囲気を汲み取って言葉を選び、
求められる役割をこなす。

日常でも、
相手に気を遣い、
自分の行動や立ち振る舞いを
臨機応変に調整している。

がんばっていないわけじゃない。
むしろ、人一倍考えて、踏ん張っている。

それなのに、
“ちゃんと生きている”感じが、あまりしない。

そんな感覚に、心当たりはありませんか?

「自分の気持ち」より「周り」を優先してしまう私たち

なぜ、こんな感覚になるのでしょうか。

それは、
あなたの性格の問題でも、
努力が足りないからでもありません。

理由は、
「周りに合わせる力」が強すぎるからです。

求められる役割を優先して、
本当はどうしたいのかを考える前に、
“無難な選択”をしてしまう。

そうやって日々をこなすうちに、
感情は置き去りにされがちになり、
少しずつ遠のいていきます。

人生は進んでいるのに、
運転席に自分がいないような感覚。

これが、
この違和感の正体であり、
「他人軸で生きている」という状態
です。

なぜ社会は「正しさ」を選ばせるのか

では、なぜ私たちは
つい「他人軸」で考えてしまうのでしょうか。

まず、
今の社会や職場・学校そのものが、
「正しさ」を求めたがる「場」だから
です。

・成果を出すべき
・空気を乱すべきではない
・合理的であるべき
・間違えない選択をすべき

こうした「〜すべき」が、
その「場」の基準になります。

さらに、
内向型で繊細な私たちは、
空気や雰囲気の変化に敏感です。
だからこそ、
つい「正しさ」を選びがちになるのです。

ここで、
忘れてはならないことがあります。

実は私たちは、
正しさを選んでいるようで、
「不安を避けること」を選んでいるのです。

責められないように。
浮かないように。
失敗しないように。

「不安だから」選んでいることが多いのに、
感情では選べていない。

その結果、
間違っていないのに苦しい。
ちゃんとやっているのに空虚になる。

でも、どうか気にしないでください。
あなたの心が弱いからではありません。

社会の構造として、
「気持ち」よりも
「正しさ」を優先させやすい
この「場」の中で起きていることなのです。

「正しい選択」から「自分の選択」へ

では、どうすればこの社会の中で、
「正しさ」より
「気持ち」を大切にできるのでしょうか。

それは、何かを決めるとき、
ほんの一瞬、
自分にこう問いかけてみること
です。

「これは“正しい”から選ぶ?
それとも、“不安”だから選ぶ?
本当は、どうしたい?」

自分が本当はどうしたいのか。
その気持ちに気づいてあげる。
これが、最初の一歩です。

もちろん、
働いてお金を稼ぐ以上、
気持ちではやりたくなくても
やらなければならないことはあります。

正しさを選ぶ場面のほうが、
多いかもしれません。

それでも一度、
「本当はこうしたい」と気づくだけで、
次の選択は少しずつ変わっていきます。

日々の「〜すべき」の隣に、
「〜したい」を置いてみる。

それだけで、
人生の方向は、
ほんの少し、自分の側に戻ってきます。

さあ、
「〜すべき」が多いこの社会で、
少しずつ
「〜したい」を見つけていきましょう。

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